地球温暖化・気候変動に関する議論の歴史

はじめに

昨今、地球温暖化や気候変動はもはや常識になりつつあり、地球は温暖化なんてしてない!と言おうものなら猛烈な批判を浴びそうな勢いです。
確かに現時点では地球温暖化に関する科学的な証拠も十分に集まり、気候変動も実現化していることは常識になったことですが、実はこの議論は最近数十年で急激に進んだ議論です。
昔は逆に地球が寒くなっているという説も優勢だったくらいでしたし、最近だとアメリカのトランプ元大統領は気候変動懐疑派でした。なので、特にお年を召した方の中には、国際的なメディアで地球温暖化は起きてない、なんていう報道を見たことがある人もいるかもしれません。
現時点で、地球温暖化・気候変動に対して確証を得るに至るまで、様々な議論が行われてきたことをちゃんと理解するために簡単に経緯をまとめました。
わかりやすさ重視で適当な表現が多発する点はご了承ください。

ざっくり年表

地球温暖化に関する議論の歴史は、地球ってそもそもどうやって温かくなってるんだ?ってところから始まります。
この年表はその仕組みの発見から、現在までをざっくりまとめたものです。
1830年ごろからスタートするわけですが、大まかに4つくらいの時期に分けました。

地球温暖化・気候変動に関する議論の歴史年表
地球温暖化・気候変動に関する議論の歴史年表

最初は世界大戦以前の時期(画像内 黄緑色)。この時期に地球が温暖に保たれる基礎的な仕組みがわかっていきました。
2つ目は戦後前期(画像内 青色)。この時期は地球寒くね?ということで地球寒冷化説が流行りました。
次に戦後中期(画像内 肌色)。この時期は地球寒冷化説の流行りが終わり、なんやかんや地球温暖化とか気候変動の研究が進んでいく時期です。
最後に戦後後期(画像内 赤色)。国際的な場で議論が進んで、色々と歴史的なイベントもあった時期です。現在に至るまでの部分を説明します。

世界大戦以前期

では、まずは戦前の説明に入ります。
地球温暖化とか、気候変動の歴史は、まずそもそも地球ってどうやってあったかくなってんだ?ってところから始まります。

フーリエさんによる「温暖な地球」の仕組みの発見

1827年に数学とか物理で結構有名だった、ジョゼフ・フーリエさんが、大気があるから地球があったかいんじゃないかなぁと考え、温室効果を発表。
ちなみに、フーリエさんは物理とか数学の世界で、フーリエの法則とか、フーリエ解析とかって言われてるのを発見した人と同一人物です。

ジャン・バティスト・
ジョゼフ・フーリエ男爵(Wikipedia より)
ジャン・バティスト・
ジョゼフ・フーリエ男爵(Wikipedia より)

チンダルさんによる温室効果ガスの証明

温室効果が発見されてから数十年が経過し、1860年くらい。
その後、なんか物質によって温め効果ちがうっぽいぞ、という点について研究が進み、チンダルさんという人が、二酸化炭素とかが温め効果があるということを突き止めます。

ジョン・チンダル(Wikipedia より)
ジョン・チンダル(Wikipedia より)


ちなみに、このチンダルさんは化学の教科書に出てくる、チンダル現象を見つけた人です。

こういった流れで、今やかなり市民権を得た「温室効果」と「温室効果ガス」が発見・証明され、どうやら地球は二酸化炭素とかがあるおかげで暖かいらしいぞ、ってことがわかってきたわけです。

温暖化の可能性が議論される

そこからさらに少し時間が経過し、1890年くらい。
この頃は産業革命がかなり世界各国に広まり済みの時期です。
つまり、機関車や様々な工場が石炭なんかを燃やしまくり、世界中で黒い煙をもくもくと出していた時期です。
当時の一部の学者さんは、この煙の中に二酸化炭素とかがたくさん含まれていることをもちろん知っています。
科学者の中には将来地球暖まるんじゃねぇかなぁ、と考える人もいたようですが、その後なんやかんやあって地球温暖化の議論はあんまり発展しません。
(まあ言うまでもなく、世界大戦の時期に入ったら、実際に何も起きていない地球温暖化を議論、研究する余裕なんてあるはずないだろうなぁと思います)

戦後前期 (地球寒冷化説流行時期)

地球寒冷化説流行る

その後、1940 年から1970年にかけて、なんか最近地球寒くない?っていう時期に入ります。
実際、1940年代から1970年代にかけて、地球の気温は低下傾向に入ってました。
1960年代には、地球の気温低下に関する研究結果がいくつか発表され、このまま地球寒くなるんじゃねーか説が流行りました。

この頃に青春を送っていたおじいちゃん、おばあちゃんの中には地球寒冷化をまだ信じている人もいるかもしれません。

Wikipedia 地球寒冷化 より

地球を寒冷化させるエアロゾル

これはあくまでおまけですが、地球寒冷化説でよく出てくる話の一つとして、エアロゾルによるものという説があります。
これは要するに、色んな活動の結果、空気が汚くなって、太陽光がさえぎられて、その結果地球が寒くなるんじゃねーか、って感じの説です。
エアロゾルによる影響は、実際に起きており、偉い学者さんとかは、温室効果ガスとかによる暖め効果とどっちがデカいかな、みたいなことを計算してます。

エアロゾルによる太陽光の減少イメージ

1970年代に入って、エアロゾルや二酸化炭素が気候に与える影響について研究がなされましたが、具体的に将来の気候がどのように寒冷化して行くかという予測までは至りませんでした。

その後も結局、地球寒冷化について決定的な根拠は出てこず、一方 地球温暖化の研究が進んでいきます。

戦後中期(研究発展期)

それ以降、逆に地球温暖化するんじゃねーかという話が科学者の間で広がり、
1970年代以降、地球温暖化とか、その結果起きるであろう気候変動が国際的な会議とかで議論されるようになりました。
これ以降、よく大事だったと言われるような~~会議的なものがたくさん出てきますが、ややこしくなるので省略して絞ります。

謎の組織 IPCC設立 と 早くも動き始めるヨーロッパ

重要な年は1988年。この時には気候変動に関する様々な国際会議も開かれるようになっており、干ばつとかが起きた時に、これもしかして地球温暖化の影響?みたいな話が話題を呼ぶようになりました。
本当にそうだったらヤバいし本腰入れて調べるかぁ、ということで 国連が科学的な調査とかをするために「IPCC」という組織を設立しました。
このIPCCの正式名称は、「気候変動に関する政府間パネル」というんですが、日本語的にはなじみがなさ過ぎて混乱するので、とにかく、地球温暖化と気候変動に関しては僕らに任せちゃってください、的なノリの謎の組織だと考えれば良いと思います。

IPCC公式HPより

2年たって1990年。そのIPCCという謎の組織が最初の報告書を出しました。
その時は、「うーん、このままだと地球温暖化おきますねぇ」というなんだか煮え切らない表現をしました。
この後、時間がたつにつれて段々と「人間が出す温室効果ガスを減らさないとマジでヤバいです。」という感じに変化していくんですけど、この時点では「まあ、なんか人間のせいかもしれないし、そうじゃないかもしれないし。でもまあこのままだとその内 気温上がりそうっすねぇ…」的な表現でした。

これまでの報告書における表現の変化:IPCC第5次評価報告書 特設ページより
これまでの報告書における表現の変化:IPCC第5次評価報告書 特設ページより


この通り、1990年時点では結構あやふやな感じだったわけですが、ヨーロッパの国たちはこの報告書の内容とかを読んで、そいつぁやべぇや!ということで、この年を境目に温室効果ガスを減らそうと動いてるところが多いです。

戦後後期(議論本格化:アメリカ右往左往)

頑張ったのにグダる京都議定書

時間は少し進んで1997年。
この間にも、謎の組織 IPCCが報告書を出したりして、気候変動ヤバいぞっていう説は広まり続けました。
そんな中、日本の京都に世界のお偉いさんが集結し、温室効果ガスの排出量をどれくらい減らすか、みんなで約束しました。
これが、社会の教科書とかでも取り上げられる、京都議定書です。
これにより色んな国が、皆で決めた目標に向かって減らしていこうな!的な雰囲気になりました。

しかし、その京都議定書が実際に効力を持つようになるにはちょっと時間がかかってました。
そんな中、2001年。アメリカで大統領選挙が行われ、共和党のジョージ・W・ブッシュさんが新しい大統領になりました。
ブッシュさんは、気候変動とかをあんまり信用してなくて、
京都議定書が米国経済に損害を与えると考えて、京都議定書を放棄しました。

実際、2001年の9月11日にはかの有名な9.11 アメリカ同時多発テロが起き、2003年にはイラク戦争がはじまります。

これ以降、え、アメリカ 京都議定書やんないの…
アメリカがやらないんじゃ意味なくない?
どうしようかなぁ、という感じで世界的に(特にオーストラリアとかが)ちょっとグダる時期に入ります。
せっかく世界的な約束を京都でしたのに日本は涙目です。

アメリカ国内で気候変動対応と政権批判が盛り上がる

そんな中 2004年。ハリウッド映画の 『デイ・アフター・トゥモロー』が大ヒットしました。
これは、要するにちょっと誇張された感じで気候変動起きた世界を舞台にした映画なんですが、この大ヒットで気候変動笑えないレベルでヤバいぞ…的な雰囲気が広まりを見せます。

デイ・アフター・トゥモロー

(ちなみに翌年の2005年に京都議定書が正式にスタートしました。アメリカに引っ張られてオーストラリアもやらんと言い出してたので、世界皆でやるぞ!って雰囲気にはなりませんでした)

さらに2006年。アメリカで「不都合な真実」という映画が大ヒットします。
この映画は要するに、政府め…気候変動とか地球温暖化を無視し続けやがって…もう許せないから赤裸々にしゃべっちゃいます!的な内容だったんですが、
この映画のヤバいところは、この映画が前政権時の副大統領だったアル・ゴアさんのドキュメンタリーであるという点でした。

不都合な真実 アル・ゴア元副首相 (ノーベル平和賞を後に受賞) 写真はWikipediaより


ちなみに、このアル・ゴアさん、さっき京都議定書なんかやってられっか!と言っていたブッシュ大統領に大統領選で負けた人なんですが、この活動が世界的に褒められまくり、2007年にはノーベル平和賞を受賞しています。

民主党政権になって気候変動が進む

そして2008年。この年、アメリカで大統領選挙が行われ、民主党のバラク・オバマさんが新大統領に就任しました。
オバマさんは、気候変動対策やりましょう。Yes, we can! 的な感じの政策を掲げました。
この結果、2016年までのオバマさんが大統領やってる間は、アメリカでも気候変動対策が進んでいきました。

(2013年:IPCCは新たな報告書を提出。もう地球温暖化はほぼ確実っすね。人間のせいである確率超高いです。という表現。え、数年前と言ってることほとんど変わって無くね?と思う人は原文を見に行ってみましょう。)

2015年に、非常にあいまいな表現をすると京都議定書の進化版である「パリ協定」が締結されます。京都議定書の時と違ってアメリカと中国も含まれてたりと、地球皆で頑張ろうぜ!的な雰囲気が出来ます

写真:パリ協定 経済産業省 資源エネルギー庁HPより

共和党のトランプさん勝利 またグダるけど企業頑張る

しかし翌年 2016年。アメリカで大統領が変わり、共和党のドナルド・トランプさんが新大統領に就任しました。
大統領になってすぐ、パリ協定ぜってーやんねー、とパリ協定からの離脱を宣言・署名します。

それ以降、京都議定書の時のデジャヴみたいに、アメリカなしはやべーだろ的な雰囲気が蔓延しました。
ただ当時と違っていた点は、アメリカの企業は気候変動対応頑張ります!とかなり積極的に言い続けていたところでした。

そういった企業の頑張りもあり、パリ協定に関連した動きは続きます。
そして2017年。TCFDという謎の団体が気候変動に関する謎のフレームワークを出して、色んな会社が気候変動対応を頑張り始めました。
この謎ワードTCFDに関しては、ざっくり説明した動画が別であるので良ければ見てください。

【ざっくり解説】TCFDとは何かを出来るだけ優しく説明【サステップのサステナビリティ自習室】

世界的な方向性がまとまってくる

そこから数年経ち、2020年。アメリカの大統領選挙がまたありました。
その結果、民主党のジョー・バイデンさんが大統領に就任。トランプさんは4年でおさらばとなります。
丁度同時くらいのタイミングで、2016年に宣言してた通りアメリカがパリ協定を正式離脱します。
しかし、正式離脱の翌日には新大統領である民主党のバイデンさんがパリ協定に再参加を宣言。

まあこういった感じで、世界最強国のアメリカですが、気候変動に関しては本当に行ったり来たりです。

ですが、先進国中心ではあるものの、世界で気候変動を止めよう!という動きは進み続けており、温室効果ガスを無くすことに賛同した国・地域は2021年4月時点でも124か国1地域になっています。
それなりに時間はかかりましたが、やっと世界で意見が一致してきたところなわけです。

2050年カーボンニュートラルに賛同した国・地域

まとめ

  • 地球が温まる仕組みがわかったのは200年前
  • 地球温暖化が本格化する前は、地球寒冷化説がよく言われていた
  • 地球温暖化ヤバいかも!と言われ始めたのは40年前くらいから
  • アメリカは政権によって意見がコロコロ変わっていた
  • 京都議定書とパリ協定は結構歴史的な出来事だった
  • 世界は、最近になって温室効果ガス無くして気候変動を止めよう、という方向性でやっとまとまってきたところ

今回の記事は動画にもしてみたので良ければみてください。

では。

【簡単解説】地球温暖化・気候変動に関する議論の歴史を簡単に説明

引用・参照:
地球温暖化の歴史
ジョゼフ・フーリエ
ジョン・チンダル
IPCC 報告書特設ページ

不都合な真実 (吹替版) デイ・アフター・トゥモロー (吹替版)

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